おススメ記事
塗り替え工事で現場監督は常駐できるのか? 結論として、一般住宅では現実的ではありません!

『現場監督を配置しています』『担当者が付きます』という説明には、最初から矛盾があります

塗り替え工事の営業で、
『現場監督を配置しています』
『担当者が現場を見ます』
『管理担当が付きますので安心です』
という説明を受けることがあります。

たしかに、こう言われると安心しやすいと思います。
ですが、この説明は言葉としては立派でも、実態まで考えると最初から矛盾を抱えていることが少なくありません。

なぜなら、一般住宅の塗り替え工事の金額で、本当に管理監督ができる人間を十分に配置するのは、採算的にかなり難しいからです。

つまり、『配置しています』という言葉は言えても、『本当に管理できる人を配置しています』とは限らないのです。

本当に現場管理ができる人を配置するなら、その工事金額では合わないはずです

まず、ここをはっきりさせる必要があります。

本当に現場管理ができる人とは、ただ現場に来る人ではありません。
ただ写真を撮る人でもありません。
ただ職人と会話する人でもありません。

本当に管理監督ができる人は、

・下地の状態を見て、このまま塗っていいか判断できる
・シーリングの劣化や施工不良に気づける
・補修の必要性や優先順位を判断できる
・塗料の選定や工程の妥当性を見られる
・異常な施工を見つけたら止められる
・雨漏りや不具合が塗装で解決するのかを切り分けられる

こういう力を持っていなければいけません。

ですが、このレベルの人材には当然コストがかかります。
ある試算では、能力がある人材を配置するには給料の他かかる経費を加えると月当たり1人150万円近く必要であるという結果が出ています。
単に資格だけでなく、経験も知識も必要だからです。
2級建築士程度の資格では不十分であるとされています。

にもかかわらず、価格競争の強い住宅塗装の現場で、そういう人を各現場に手厚く配置し続けるというのは、普通に考えれば無理があります。

つまり、もし本当に管理監督ができる人を配置しているなら、工事金額はもっと高くなっていないとおかしいのです。
ここにまず一つ目の矛盾があります。

安く受注しながら『担当者を配置』は、都合のいい言葉になりやすい

さらに分かりやすい矛盾があります。

それは、
『安いです』
『担当者も付きます』
『監督も見に来ます』
『写真も毎日撮ります』
『現場管理も万全です』
と、全部を同時に言っているケースです。

これは施主にとっては魅力的に聞こえます。
ですが、実務の感覚で見れば、そんなに都合のいい話はありません。

安く受注するということは、どこかで原価を抑えなければいけないということです。
その中で人まで手厚く配置するなら、何かを削らないと成り立ちません。

では、どこが削られるのか。
多くの場合は、『担当者の質』か『関わり方の深さ』です。

つまり、

・担当者はいる
・監督という肩書きの人もいる
・写真も撮っている
でも、実際には技術的な判断まではできない
という形になりやすいのです。

これなら『配置しています』という言葉は嘘ではありません。
しかし、施主が期待するような意味での管理監督とは、まったく別物です。

『担当者がいる』のに手抜きが起きるのは、その人が管理できないからです

ここが本質です。

本当に管理できる人が見ていれば、下地の見落とし、工程の省略、乾燥不足、雑な補修、塗り回数の問題などに気づけるはずです。
少なくとも、何かおかしいと感じて工事を止めることができます。

ところが現実には、『担当者がいます』『監督がいます』と言いながら、実際には現場で手抜きや工程省略が起きることがあります。

なぜそんなことが起きるのか。
答えは単純です。
その担当者が、現場を管理できる人ではないからです。

写真は撮れる。
進み具合は分かる。
職人と話はできる。
施主に連絡もできる。
でも、施工の異常は見抜けない。
おかしい施工を止めることもできない。

これでは、担当者がいても管理していることにはなりません。

むしろ、担当者がいることで施主が安心してしまい、問題に気づきにくくなる分、かえって厄介です。

写真を撮っていること自体が、管理している証拠にはなりません

最近は、施工写真を丁寧に提出する会社も増えています。
これ自体は悪いことではありません。
記録を残すのは必要です。

しかし、写真が多いことと、現場管理ができていることは別です。

そもそも写真というのは、『その場面を写した』というだけの話です。
その場面が適切かどうか、異常がないかどうかは、見る側に知識がなければ判断できません。

つまり、写真を撮る担当者がいても、その人に管理能力がなければ意味がないのです。

さらに言えば、写真だけを目的に人を配置しているような体制では、その人の目を欺いて施工が進むこともあります。
写真に写るところだけ整えて、肝心の中身が伴っていない。
そういうことは現場では十分起こり得ます。

だから、写真の枚数や報告書の見た目だけで安心してはいけません。
見るべきなのは、その写真を撮っている人が『何を異常と判断できる人なのか』です。

『監督』という肩書きが、管理能力の証明になるわけではありません

塗装会社では、『監督』『現場担当』『施工管理』といった肩書きが使われます。
ですが、この肩書きだけで安心するのは危険です。

なぜなら、肩書きは同じでも、中身は会社ごとにまったく違うからです。

本当に現場を見られる人なのか。
単に写真を撮る人なのか。
連絡係なのか。
進捗確認だけの人なのか。
職人任せで、自分では技術判断ができない人なのか。

そこを見ない限り、『監督がいます』という説明には何の保証もありません。

厳しく言えば、塗り替え工事の営業では、『監督を配置しています』という言葉が、実態以上に安心感を演出するために使われていることがあります。

ですが、もし本当に中身のある監督を各現場に十分配置しているなら、その会社は同時に安さまで強く打ち出しにくいはずです。
安さも、手厚い管理も、現場数の多さも、全部同時に成立するように聞こえるなら、その説明はかなり疑ってかかるべきです。

矛盾しているのは、『人がいること』を『管理できていること』にすり替えている点です

結局、この手の説明の一番大きな矛盾はここにあります。

会社は、
『人を配置しています』
と言っています。

しかし施主は、その言葉を
『きちんと管理できる人が見ています』
と受け取ってしまいやすいのです。

ここにズレがあります。

人を配置すること自体はできます。
担当者を付けることもできます。
写真を撮る人を回すこともできます。
報告することもできます。

でも、それは『管理できる』こととは別です。

つまり、『配置しています』という説明は、人がいるという事実しか示していないのに、施主には『品質が守られている』ように聞こえてしまう。
このすり替えこそが問題です。

本当に確認すべきなのは、『誰を置くか』ではなく『その人が何を判断できるか』です

施主が確認すべきなのは、
『担当者は付きますか』
『監督は来ますか』
という表面的な話ではありません。

本当に聞くべきことは、もっと中身です。

『その人は下地の劣化を判断できますか』
『シーリングのやり直しが必要か見抜けますか』
『写真を撮る人と、技術判断する人は同じですか』
『施工に異常があったら、誰が止めるのですか』
『塗装で解決しない不具合を、誰が見分けるのですか』

この問いに具体的に答えられないなら、たとえ『担当者を配置しています』と言われても、その言葉にはあまり意味がありません。

まとめ

『現場監督を配置しています』
『担当者が付きます』
という説明は、一見すると安心材料です。

しかし、一般住宅の塗り替え工事の価格帯と現場の実態を考えれば、本当に管理監督ができる人を十分に配置するのは簡単ではありません。

それなのに、安さも、手厚い管理も、現場数の多さも、全部同時に語られる。
ここに最初から矛盾があります。

配置していることと、管理できていることは別です。
現場に来ることと、異常を見抜けることも別です。
写真を撮ることと、品質を守ることも別です。

だからこそ、施主が見るべきなのは『担当者がいるかどうか』ではありません。
『その担当者が、本当に何を判断できるのか』です。

塗り替え工事で信頼できる会社かどうかは、人数や肩書きでは決まりません。
必要な場面で、止めるべき工事を止められる人が関わっているかどうかで決まります。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Xでフォローしよう

おすすめの記事