「当社の歴史」と「塗装の歴史」

当社の歴史

初代 平吉
(江戸末期から明治初頭)
比較的裕福な家の二男(三男だという説も)であった岡部平吉は、塗師屋(漆を塗る仕事)をしていました。もともと新しいモノが好きで、フロンティアスピリットにあふれていた平吉は「洋式塗料」の伝来を聞きつけ、その技術を会得するために一家を引き連れて横浜に移り住んでしまいました。今のように交通手段も情報伝達も良くなかった時代ですから、さぞかし勇気がいた事だと思います。
  横浜の地で、塗装の技術を会得した平吉は、数年後、超えることが難しい三国の山の手前にあり、絹輸出で糸の町として栄えていた前橋に店を開きます。それが明治10年ごろであったとされています。そのころは塗装だけでなく漆塗りも扱っておりましたが、塗装の仕事が増えてきた明治34年(1901年)に、塗装店としてスタートいたしました。
二代目 平吉 初代から襲名しました。詳しい記録は、火事により消失しておりますが、初代の兄弟であったようです。
三代目 平松 詳しい情報が火事によって焼失したため不明です。
四代目 喜一郎 喜一郎は大変まじめな性格であっただけでなく、同業者を育成し育てました。技術を教え、暖簾を分け、ライバルであっても困っていれば仕事も分け与えたようです。当時は、職人のほとんどが住み込みでだったので、休みの日には映画を見せ、自分は仕事をしているというようなタイプでありました。
五代目 卓雄 戦後に若くして代を継ぎ、昭和28年には、会社を法人化させました。NHKが本放送を開始し、吉田首相が「バカヤロー」解散をした年です。コロッケ5円、映画は80円でした。
現在 バブルの崩壊後、建築不況をいち早く予想し、「脱ゼネコン」宣言をし、下請け業から元請業への転換を図りました。塗装だけでなく、高度な補修や修繕、改築等のリフォームも手掛けるようになり、単なる塗装業ではなく、総合仕上げ業としてお客様の様々な要望にお応えする企業となりました。

塗装の歴史

塗装の始まり 人間は有史前から“塗料”を使用していたようで、約5千年前の土器にもその跡が見られます。当時の塗料は「漆(うるし)」でした。そのとき既に「赤漆」が使用されていました。日本に仏教が伝来すると、その建築技術と同時に高度な漆塗り技術も伝わり、貴族の嗜みであった仏教の建築に色鮮やかな漆が塗られるようになりました。当然のことながら、その目的は風雨から建物を守るために漆を塗っていた事に、色という付加価値が付いたのです。塗料が保護するという目的だけでなくキレイに見せるというプラスの目的を持ったのは、この頃からであったのではないでしょうか?(写真は 縄文晩期の漆塗りの壺)
漆塗りの土器

漆塗りの壺

洋式塗料の伝来 洋式塗料の“伝来”は幕末でありました。あのペリーと黒船が洋式塗料を持ってきたそうです。 日本で初めて洋式塗料が塗られたのは日米和親条約を結ぶ建物であったと言われています。塗装を行ったのは江戸の職人・町田辰五郎という人物であったようです。明治に入り、日本は急激な近代化を進めます。開国まもない明治10年ごろの横浜であったといわれています。明治14年には、日本ペイントの前身である光明社が設立され、日本における洋式塗装の歴史は始まりました。それ以前はというと漆を使用した和式塗装が行われており、弊社の前身も塗師屋(ぬしや)でありました。
昔の塗料

昔の塗料表示

戦後の塗装 現在のような「ペンキ」が一般に使われるようになったのはもちろん戦後なのですが、昭和30年ごろまではニカワを煮て塗料を作る作業が行われていました。塗料の色も各社で独自に調合していたので色を作る技術の良し悪しも塗装業者を選ぶ重要なポイントとなっていました。当時の記録では「お宅の作る色がイイ!」と注文を下さるお客様が実に多かったとあります。
戦後の塗料

戦後の塗料

吹付けの登場 リシン、ボンタイル(吹付タイル)の登場は建築塗装の世界を一変させました。それ以前は手塗りが全てであった塗装においてコンプレッサーなどの機械を使用するようになり、また吹付け独特の模様をつける作業が工程に加わりました。当初は塗装と左官の中間ぐらいに位置していたのですが、徐々に塗装職人が施工するようになりました。そんな中で吹付け工事を専門に行う業者も出てきました。
吹付ガン

吹付に使用する道具

リフォーム会社の台頭 1990年代初め神奈川の同業者より地元リフォーム業者とのトラブルの話しを聞きました。大手塗料メーカーの商品を添加剤などを加えることで「オリジナル」とし、特許商品ということで、常識では考えられないほどの高額で塗替え工事を行っているということでした。ただ高額なだけでなく二流、三流で仕事にあぶれている職人を使って工事をしているため、いたるところでトラブルが続出しているというものでした。その頃はすぐに無くなると思っていたそんなリフォーム店が現在では皆さんのご存知のとおり至る所に存在しています。また、倒産しても名前を変えて営業するなど、その異様さが目立ち、たとえテレビCMを行っている企業でも安心できません。

本物の職人の消滅危機

不況の名のもと、ダンピングや不当な請負金額の強制等により塗装自体のクオリティーはどんどん下がってしまっています。一般の方は「職人=こだわり」と考えている方が多いようですが、それは遠く昔の話。。。。現在は、職人としての技術を持たないアルバイトに様な作業員が平気で一流と自称したり、未熟な若い子ばかりの会社が「職人会社」を自称して手抜きを手抜きとも思わない仕事ぶりで業績を伸ばしているような状況です。
  真っ当な職人も、安い金額では、こだわりたくてもこだわる事が出来ず、「良い塗装会社を探し出すのは宝くじを当てるより難しい」と言われている程です。
  塗装は主なモノは人件費ですので、価格の差は品質の差に直結しています。ただし、大手リフォーム会社やハウスメーカー等の仕事のように、高くても悪い仕事が存在しており、消費者それぞれが自己責任で物事を見抜かなければいけない世の中になってきています。